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「日本一の芋煮会フェステイバル」の歩み

開催のきっかけ

昭和62年当時の商工会議所青年部のメンバーの中では、「山形」をいかに明るくPR、活性化できないものかと常々議論を交わしており、青年部全国大会に参加したおり下関のふぐちり鍋 からヒントを得て、山形の芋煮会を大鍋で振る舞う「大芋煮会」を開催できないか?という発想 が生まれ、山形の風土に根付いた芋煮会を売り出していこう ! という情熱からスタートしました。 その熱い思いが行政、地元企業、地域の方々とまわりの人々を次第に動かし、たくさんの協力 をえてイベント実現をむかえました。

発案当初より一貫するコンセプト

●地場産業の振興

鍋...900 年の歴史を持つ「山形鋳物」 材料...砂糖をのぞけば全て地場産で揃えられる

●地域 PR、地域活性化、地域交流の促進

●次代の地域経済を担う人材の相互研鑽

日本一の芋煮会フェスティバルの山形県への経済波及効果は 2 億 8800 万と試算されています

株式会社フィデア総合研究所調べ(2014年6月)

第1回開催までの経過

大鍋の制作
商工会議所会員の協力でプロジェクト企業体での制作
開催日
芋煮会シーズン(おもに10月)の混雑を避けるため9月第1日曜日に決定
燃料
ボイラー・バーナー・スチーム等で検討していたが自然の力を最大限に利用するということで「薪」に決定
煮炊き
開催1週間前に8分目の水を入れ点火。2〜3時間経過するも水温が70度までしか上がらず失敗。その後反省点を検討し再度チャレンジ。開催3日前にもう一度試験炊きをしようやく沸騰させる事に成功

第0回 草案

幻の第0回

昭和天皇の御病気入院をうけ、全国的に自粛ムードが広がる中、開催を断念した「幻の日本一の芋煮会」。
しかし、この年に立ち上げたプロジェクトは、その後、商工会議所メンバーを中心にさらに熟考...検討に検討を重ね、平成元年の第一回開催へつながっていく。

第1回ポスター案、ポスター現物

第1回ポスター

フェスティバル前日に、なんとヘリにより大鍋空輸作戦を実行!スタッフ、市民の方々の大歓声の中、産声をあげた記念すべき第一回。心配されていた天気も、スタッフ全員の思いが通じたのか、晴天の中で芋煮もおいしく煮え、最高の環境の中、幕をあける事に成功。

山形の芋煮文化の伝承、観光資源の発掘、経済的な効果など、第一回の開催以降、「日本一の芋煮会フェスティバル」は、継続的な活動を続けてまいりました。平成とともに歩んできた(第一回開催が平成元年)「日本一の芋煮会フェスティバル」を、今後とも変わらぬご支援を賜りますよう、お願い申し上げます。